カルチャー・旅行・ライフスタイル

坂本八幡宮(福岡)

平成最後の日(平成31年4月30日)、福岡県太宰府市坂本にある坂本八幡宮へ参拝しました。

 
あいにくのお天気(小雨)の中、10連休という大型GW真っ只中なのもあってか、午後になっても予想通りの大混雑で💦

 

小さな社に続く参道に、ずら〜と長蛇の列でした。(40分くらい並んだかな…)

 

 

坂本八幡宮は、今回の新元号制定で、その名の所縁の地として太宰府天満宮と共に一躍有名になりました♪

 

「坂本八幡宮縁起」(↑上記掲示板の文)

この坂本八幡宮は土地神・・産土神として崇拝されている神社で応神天皇(15代)を御祭神としています。 「圓満山四王寺縁起」によれば「嵯峨天皇弘仁二年(八一一)辛卯月勅宣にて四王院に釈迦仁の像を造立し有智山寺の沙門鳳詮法師及行願具足の僧十一輩を移し開眼供養を遂げられ水田五十町を寄付し給ふ。鳳詮法師は坂本に住して善正寺と号す。又坂本坊と呼り。」とされ、平安時代にはこの坂本の地に四王寺の座主坊としての善正寺が成立していたとされています。 坂本にあったこの寺は中世は天台宗の寺院で、本山の比叡山に習い九州の天台系寺院には境内に八幡宮を祭る形が多く見られます。 当社の勧請時期は「福岡県神社誌」(一九四四年刊)の記述によれば「天文・・弘治の頃」(一五三二〜一五五七)の戦国時代とされていますが、おそらくこの頃に寺院が廃れ土地を経営する現在の坂本区の原型となる村落ができ、その村の鎮守として寺の境内にあった社が再興されたものと考えられます。 境内入口南側にある「がらんさま」と呼ばれる立石は天台寺院の故地によく見かけられ、寺の中心地や結界となる境に置かれる事があるようです。この場所が大字の境で「辻」という小字である事も、当社の鎮守としての性格を現しています。 古代には太宰府や九州を守護する寺であった四王寺が形を変えながら、現在では坂本区の鎮守として生き続けています。

 

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境内上がってすぐ左手にある石碑

 

 

碑文説明板

 

(碑文説明板の文章)
わが岡(おか)に  さ男鹿(おしか)来鳴(来な)く初萩(はつはぎ)の  花嬬(はなつま)問(と)ひに  来鳴(きな)くさ男鹿

        太宰帥(だざいのそち)  大伴旅人(おおとものたびと)


(原文)

吾丘尓(わがおかに) 棹壮鹿來鳴(さおしかきなく) 先芽之(はつはぎの)

花嬬問尓(はなつまとひに) 來鳴棹壮鹿(きなくさおしか)

                         万葉集巻八 一五四一

(大意)

私の住む岡に牡鹿(おじか)が来て鳴いている。今年初めての萩の花が咲き、牡鹿がやってきて妻問いをしていることよ。


この辺りは、太宰帥(だざいそち)大伴旅人(おおとものたびと)の邸跡と伝えられている。旅人邸は、「万葉の華」ともいうべき梅花の宴が開かれた場所としてよく知られているが、赴任後間もなく妻を亡くした旅人の暮らしは心淋しいものであった。萩の花が咲き始める初秋、牡鹿(おじか)が牝鹿(めじか)を求めて鳴く求婚の甲高(かんだか)い声にも、妻を思う自分の心を重ねずにはおられないのであった。

この歌碑・解説板は「歴史と文化の環境税」で作成しています。

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「令和」の典拠となったのは、1200年前に編纂された日本最古の歌集である「万葉集」の中の「梅花の歌三十二首 序文」


初春の月にして (しょしゅんの れいげつにして)

気淑く風らぎ (きよく かぜやわらぎ)

梅は鏡前の粉を披き (うめは きょうぜんの こをひらき)

蘭は珮後の香を薫ず (らんは はいごのこうを くんず)


(現代語訳:展示館資料より)

「あたかも初春の良き月、気は麗らかにして風は穏やかだ。梅は鏡台の前の白粉(おしろい)のような色に花開き、蘭草は腰につける匂袋のあとに従う香に薫っている。」

太宰府の帥(そち)に就任した大伴旅人の邸宅は、この坂本八幡宮の近くにあったと言われています。

 

 

 

太宰府展示館(入館料は無料)には、太宰帥・大伴旅人邸で開かれた「梅花の宴」の様子を博多人形で再現したジオラマが展示されています。↓

 

 

 

雨にもかかわらず、多くの人が来館していました。

関東からわざわざ来られた方も多かったようです。

 

↓太宰府政庁跡

 

 

展示館には、この太宰府政庁の復元模型も展示されていました。

 

 

御世代わりという歴史的な瞬間に立ち会えることの幸せと、皇紀2679年という長い歴史をもつ日本という国の素晴らしさを感じた1日でした。

 
日本の未来永劫の繁栄を願いつつ…✨✨

 

 

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